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青森地方裁判所 昭和32年(ワ)252号 判決 1958年5月29日

青森市大字大町一六三番地一六四番地

原告

株式会社青森銀行

右代表者代表取締役

西田安逸

右訴訟代理人弁護士

小山内績

東京都江東区深川住吉町二丁目八番地

被告

千代田容器株式会社

右代表者代表取締役

保坂正美

右訴訟代理人弁護士

尾崎陞

右当事者間の昭和三二年(ワ)第二五二号分配金請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金七九二、一〇一円およびこれに対する昭和三二年一一月二二日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

(一)  原告および被告は、ともに、訴外青森県ジヤム工業株式会社に対し債権を有するものであるが、昭和二九年五月二一日現在において、右訴外会社に対する原告の債権額は金四四、二六〇、六七五円、被告の債権額は金八六四、三〇一円、その他の債権者の債権額は合計金三、一七〇、〇〇〇円(総計金四八、二九四、九七六円)であつた。

(二)  右原告銀行の債権は、右訴外会社に対する営業資金の貸付により生じたものであるが、昭和二九年五月二〇日ころ訴外会社の経理状態が不良であることを疑うべき事実が発見されたので、原告は右債権を確保するため、同月二一日いわゆる譲渡担保として右訴外会社所有にかかるりんごボイル(五ガロン罐)二、四五七罐その他在庫品を譲り受けた。

(三)  被告は、右在庫品に関する原告と訴外会社との間の譲渡担保契約をもつて一般債権者を害するものとし、右契約中被告が訴外会社に対して有する前記債権額に相当するりんごボイル(五ガロン罐)二、〇五八罐の部分について詐害行為としてその取消を求め、右物件が原告銀行の手により他に売り渡されていたのでその取戻に代え売得金八六四、三〇一円の支払を求めるため、原告を相手方として当庁に詐害行為取消請求訴訟(昭和二九年(ワ)第二九六号)を提起した。原告は、右訴訟において敗訴し、被告に対し金八六四、三〇一円の支払を命ぜられたので控訴(仙台高等裁判所昭和三一年(ネ)第四四九号)したが、これまた敗訴し判決が確定した。

(四)  そこで、原告は、昭和三二年九月二日被告に対し金八六四、三〇一円を支払つた。

(五)  しかしながら、右判決による詐害行為の取消は、民法第四二五条の規定により総債権者の利益のためにその効力を生じたものであるから、被告が原告から支払を受けた右金員も総債権者の間で分配せらるべきものであり、被告が独占すべきものではない。

そして、右(一)に述べた訴外会社に対する総債権額に対する原告の債権額の割合から計算すると、原告は、さきに被告に支払つた金員のうち金七九二、一〇一円を取得することができるというべきである。

(六)  よつて、被告に対し、右金七九二、一〇一円およびこれに対する訴状送達の翌日(昭和三二年一一月二二日)から支払ずみにいたるまで民法所定五分の割合による損害金の支払を求める。

第三  被告の答弁および主張

(一)  請求原因(一)の事実は認める。(二)の事実中原告がその主張するように訴外会社の在庫品につき譲渡担保契約をしたことは認めるが、その契約をするにいたつた動機は否認する。その余の事実は知らない。(三)および(四)の事実は支払の日時の点を除き認める。(五)の主張は争う。

(二)  被告が、金八六四、三〇一円の弁済を受けたのは昭和三二年一〇月一四日である。すなわち、原告は、昭和三二年八月二三日実際には提供しないにもかかわらず、右金員を弁済のため被告に提供したが受領を拒絶されたと称し、同年九月二日東京法務局台東出張所に供託したので、被告において同月一〇日附内容証明郵便をもつて五日以内に右供託書を交付するよう原告に要求した。しかるに、原告がこれに応じないので、被告は、同月二五日供託書を提出しないままで、右出張所に還付請求をした。そこで右出張所においては、原告に対し、供託物取扱規則第一〇条の規定による通知をなしたところ、原告は同月三〇日附書面で異議の申立をした。右出張所は、同年一〇月一四日原告の異議申立を却下し、同日被告に対し前記供託金を還付したものである。

(三)  したがつて、このような場合には、原告の弁済は、供託の日ではなく、供託金が現実に被告に還付された日に効力を生じたものとみなければならない。

(四)  詐害行為取消の効力は相対的であり、本件においても前訴の当事者たる債権者(本訴の被告)と受益者(本訴の原告)との間においてのみ取消の効力を生じ、当事者でない債務者(訴外会社)に対しては法律行為は有効に存在する。従つて、原告は、被告に対する関係においてのみ、訴外会社の財産として詐害行為の目的物に代る賠償をなすべきものであつて、前記の判決において給付を命ぜられたのはこの賠償金である。詐害行為者たる原告は、自らその取消の効果を主張しえないに反し、被告は弁済を受けた金員を訴外会社の財産に帰したものとみなしてただちに自己の債権の弁済に充てることができる。

(五)  被告は、昭和三二年一〇月一九日附内容証明郵便をもつて前記訴外会社に対し右弁済金と被告の訴外会社に対する債権とを対当額において相殺する旨意思表示をし、同月二一日訴外会社に到達したから、右弁済金を原告に分配すべき余地はない。

(六)  よつて、本訴請求は失当である。

第四  右に対する原告の反駁

(一)  被告主張(二)の事実は認める。(五)の事実は知らない。

(二)  詐害行為取消権者は、他の債権者とともに弁済を受けるため受益者に対し、その受けたる利益又は財産を自己に直接支払い又は引渡すことを請求しうるもので、右利益又は財産につき自己ひとり弁済をうけるため直接その請求をすることができるものではない。現に、被告自身も前訴においては、総債権者のために詐害行為の目的物の引渡ないしこれに代る金員の支払を求めるものである旨主張していたのである。もし、被告の主張が正しいとすれば、裁判所は、前記訴外会社に対し平等な地位にある債権者の間において、一方原告から奪つたものを他方被告に与える結果となりはなはだ不当であるといわなければならない。被告の見解は、何等特別の規定がないわが民法のもとにおいて詐害行為取消権行使者に優先権を与えているドイツの立法例と同様の解釈をしようとするものである。

(三)  従つて、総債権者のために支払を受けた前記弁済金につき、単独で弁済をうけることができることを前提とする被告の相殺の意思表示は何らの効果を生じないというべきである。

第五  証 拠(略)

理由

一  原告および被告がともに訴外青森県ジヤム工業株式会社に対し債権を有するものであること、右訴外会社の昭和二九年五月二一日現在における総債務額が金四八、二九四、九七六円であつて、そのうち被告の債権額が金八六四、三〇一円、原告の債権額が金四四、二六〇、六七五円であつたこと、原告が昭和二九年五月二一日その債権につきいわゆる譲渡担保として右訴外会社からその所有にかかるりんごボイル(五ガロン罐)入二、四五七罐その他在庫品を譲り受けたこと、被告が右譲渡担保契約につき被告において訴外会社に対して有する前記債権額に相当するりんごボイル(五ガロン罐入)二、〇五八罐の部分を詐害行為としてその取消を求め、かつ、右物件が原告の手により他に売り渡されていたのでその取戻に代え売得金八六四、三〇一円の支払を求めるため、原告を相手方として当庁に詐害行為取消請求訴訟(昭和二九年(ワ)第二九六号)を提起したこと、原告が右訴訟において敗訴し、被告に対し金八六四、三〇一円の支払を命ぜられたので、控訴(仙台高等裁判所昭和三一年(ネ)第四四九号)したが、これまた敗訴し右判決が確定したこと、原告が昭和三二年九月二日被告に対し右金八六四、三〇一円を供託し、被告において同年一〇月一四日その還付を受けたこと、以上の事実はすべて当事者間に争がない。

二  原告は、前記判決による詐害行為の取消は、民法第四二五条の規定により総債権者の利益のためにその効力を生じたものであるから被告が原告から支払を受けた右金員も総債権者の間で分配せらるべきものであり、被告が独占すべきものではない。そして、前記認定の訴外会社に対する総債権額に対する原告の債権額の割合から計算すると、原告は、さきに被告に支払つた金員のうち金七九二、一〇一円を取得することができる、と主張する。

おもうに、詐害行為取消権者が取消権を行使し受益者に対し目的物件又はこれに代る損害賠償を自己に引き渡すべきことを求める場合においても、自己ひとり弁済をうけるためではなくして他の債権者とともに弁済をうけるためにのみこれをなし得るものであり、債権者と受益者との間においては右物件又は賠償は債務者の一般財産として引渡又は支払がなされるものであること、従つて、一般債権者は、取消の結果につき平等の割合で弁済を請求をすることができるのであつて取消権を行使した債権者が引渡又は支払をうけた財産につき優先権を取得するものではないことは、いずれも原告のいうとおりである。してみると、原告は債務者たる訴外会社の一般財産に復帰した前記金員について一般債権者と平等の割合で弁済をうけることができるといわなければならない。この点につき、被告は原告は自ら詐害行為をしたのであるからその取消の効果を主張しえないと主張するけれども、このように解すべき何らの根拠を発見することができない。

三 しかしながら、原告が右のように取消の結果について平等の割合で弁済をうけるというのは、そのための法律上の手続をとつた場合においてしかりということを意味するにすぎない(大審院昭和八年二月三日判決民集一二巻一七五頁以下参照)ものであるから、もし原告がかかる法律上の手続をとる前に財産の引渡又は支払をうけた取消債権者がこれを債務者に返還すべき債務と自己の債権とを相殺し、又は、これをそのまま自己の債権全額の弁済に充てた場合(破産手続が開始しない限り、取消債権者が、右のように債権全額の弁済を受くるにつき何らの制約をうけないこともちろんである。)には、もはや原告が取消によつて復帰した財産から弁済をうける余地がなくなることは当然であるといわなければならない。

しかるところ、成立に争ない乙第二号証の一、二によれば、被告が昭和三二年一〇月一九日附内容証明郵便をもつて、前記訴外会社に対し、原告から支払を受けた前記金員と被告の訴外会社に対する債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をなし、右意思表示が同月二一日訴外会社に到達した事実が認められる。してみると、被告の手中には原告において弁済を求めうべき訴外会社の一般財産が存在しなくなつたというべきであるから、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく、すでにこの点において失当であるといわなければならない。原告は、右のように解するときは取消権行使者に優先権を与える結果となり不当であると主張するが、原告において平等の弁済を受けるため法律上の手続をとらなかつたことが弁論の全趣旨により明白な本件においては、債権者間に事実上の不平等が生ずることはけだしやむをえないのである(前記大審院判決参照)。

四  以上のような次第であるから、本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

青森地方裁判所民事部

裁判長裁判官 飯沢源助

裁判官 宮本聖司

裁判官 右川亮平

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